2012年4月16日月曜日

コミュニティ放送20年

はじめに

平成4年、北海道函館市に「FMいるか」がコミュニティ放送局第1号として開局した。
同年に当時の郵政省で「コミュニティ放送」が制度化してから、平成24年で20年という節目の年を迎えた。
平成24年4月2日現在では、全国に255局のコミュニティ放送局が放送中である。

そもそもコミュニティ放送は、「市区町村内の一部の地域において、地域に密着した情報を提供するため…制度化された超短波放送局(FM放送局)」のことで、「地域の特色を生かした番組などを通じて地域のきめ細かな情報を発信する事ができるので、豊かで安全な街づくりに貢献できる」こと が制度の趣旨である。
この使命を全うするために、全国のコミュニティ放送局ではそれぞれの工夫が凝らされている。
県単位を放送エリアとする従来の放送局(以下「県域局」とする)にはみられないような、地域に特化した多彩な番組が溢れている。
また地域におけるあらゆる事業を手掛けるなど、とても放送局とは思えないような取り組みを行っているところも数多く存在する。

しかしながら、全てのコミュニティ放送局が順調な運営が継続されている訳ではない。
コミュニティ放送の特性上、放送エリアが従来の県域局と比べて圧倒的に小さい。
その一方で全国で半数以上の局が民間放送局であり、スポンサーの獲得により経営を成り立たせなくてはならない。
その他の局も、大半が民間と行政が共同で出資する「第三セクター」形態の放送局が多く、置かれている状況は純民間の放送局と同様である。
そのため、従来の民間放送のような広告収入による経営は決して楽なものではなく、放送設備やスタッフの規模が制限せざるを得ない。
また放送局の規模が小さいと、放送エリアや運営スタッフなどの条件によって、放送局の運営方針や経営が大きく左右されることになる。
事実代表者の意向が強く反映されるワンマン経営の放送局が全国で見受けられている。
規模が小さく元々経営が不安定な上に運営陣の方針が誤ると、たちまち放送が成り立たなくなってしまう。
現在までに全国で10以上のコミュニティ放送局が閉局に追い込まれている。

コミュニティ放送局が直面している問題はそれだけではない。
多極化が進む現代において、各メディアの影響力は小さくなっている。
その中で、放送エリアが極めて狭いコミュニティ放送局は、一般の県域局に比べて更に存在感が小さい。
放送エリア内においても認知度や聴取率が低いことも珍しくない。
では、一体コミュニティ放送局に課されていた使命とは、本当に需要があったのだろうかと疑問を抱く。
しかしその一方で、地域活性化や防災強化の手段として現在もコミュニティ放送局開設に向けた動きが全国各地で活発である。
運営面の厳しさと、地域が求める需要のギャップとは何なのか、またその解決法とは何なのか、この二点について論じていく。



第1章 コミュニティ放送の需要


「コミュニティ放送とは誰のための放送なのか」をテーマとして設定する。
コミュニティ放送を制度化した旧郵政省では、県域局ではカバーしきれない、多様なニーズに対応することを目的としていた。
また政府においても、地方における放送の多極化、情報の地域格差是正という目論見があった。
制度化から20年が経ち、当初の方針と現実とは大きく差ができている。
それについて、以下の3つの視点から論じる。


第1節 リスナーからの需要


リスナーがコミュニティ放送に期待するものは、県域局と遜色のない質の高い放送である。
特にFMラジオというプラットフォームで放送するコミュニティ放送局は、他の県域放送局と比較されることが多い。
木村太郎 によれば「番組審議会で『全国ニュースをやってくれ』という意見が出た(JCBA2004) 」というように、コミュニティ放送のリスナーが必要としている情報は、時として必ずしも地域の情報のみとは限らない。
時には、県域局と同等の放送をしなければならないのである。

つまりコミュニティ放送のリスナーとはいえ、彼らはもともと県域ラジオ局の放送のリスナーであった、あるいは県域局と両方を聴いている場合が多い。
したがって彼らが求めるラジオとは、既存のラジオ放送に近いクオリティの中に、地域情報等を上乗せする形を求めていると考えられるのである。


第2節 行政からの需要


ここでいう行政とは、区市町村の自治体のことを指している。
コミュニティ放送局には行政が出資している「第三セクター」形態の局も多く 、そうでない純民間の放送局にも、行政の広報番組のスポンサー等で出稿している局が多い。
それも含めると、ほとんどのコミュニティ放送局が行政と金銭の関係を持っている(金山2007)。

行政がコミュニティ放送局に期待している主な点は、防災機能である。
青森県田舎館村には「FMジャイゴウェーブ 」というコミュニティ放送局がある。
ここは村の防災無線を廃止する替わりとして誕生した。
行政の防災無線は、維持費に年間数千万円が必要で、村では替わりにコミュニティ放送局に出資、出稿した方が経費が抑えられると判断されたのである 。

実際に、大きな自然災害が発生した地域ではコミュニティ放送が活躍している。
豪雨や地震などが発生した地域では、コミュニティ放送局が復旧・復興情報を放送し、地域住民のライフラインとして活躍している。
県域局では対応しきれないこのようなケースでは、コミュニティ放送が本領を発揮しているのである(紺野2010)。

また災害時には「臨時災害放送局 」と呼ばれるものが設置される場合があるが、このときにもコミュニティ放送局が活躍する。
臨時災害放送局を設置する地域にもともとコミュニティ放送局があれば、既存の設備や人員を使ってそのまま臨時災害放送局が開局できるからである。
平成23年3月の東日本大震災では、被災地の既存コミュニティ放送局の中に、地震が発生した11日中に臨時災害放送局として生まれ変わった局もあった。

ただし、災害時の放送には課題も多い。
日常から放送局と行政の連携が十分でなかった場合、コミュニティ放送局が持っている本来の機能が十分に発揮できないのである(金山2007)。
またいわき市民コミュニティ放送の安部正明局長によれば、東日本大震災が発生して初めて放送を聴くようになったというリスナーからのメッセージがあったという。
日常から放送を聴いてもらえないと、災害時にも情報収集の手段として市民からラジオが選ばれない可能性がある。
日常から市民に聴いてもらうことは、防災面からみればコミュニティ放送局の大きな課題である。


第3節 地域からの需要


コミュニティ放送は従来の民間放送とは異なり、聴取率やリスナーの数で営業をしているとは限らない。
埼玉県朝霞市のコミュニティ放送局「すまいるFM」の代表取締役である柏木恭一は、コミュニティ放送を「目的としてではなく、地域振興の『手段』」と位置付けている。
すまいるFMではサポーター制度を創設し、完パケ を制作できれば誰でも無料で番組枠をもらうことができる。
局の収入は地元商店からの、半ば協賛という位置づけで得て運営を成り立たせているという。

すまいるFMのような、ラジオはあくまでも手段というスタンスの放送局他にも多い。
特にNPO法人が運営するコミュニティ放送局にその傾向が見られ、京都市の「三条ラジオカフェ」を筆頭に、放送枠を買えば誰でも番組を持つことができるという形態のコミュニティ放送局もある。
この場合、売上は出演者から頂くこの「番組枠」の料金が主である。
出演者が放送局にお金を支払って参加するという形態は、コミュニティ放送が開始される以前から「ミニFM 」で実現されてきた方式であった。
これは従来の民間放送とはかけ離れたビジネスモデルである。
「非営利」組織による運営は、放送に本来期待されている「公共性」を保持しやすいという側面もあり、第三セクター方式の局と同じかそれ以上に行政からの期待が高い場合も存在する(松浦2007 p77)。

コミュニティ放送について世界に目を向けてみると、1986年にカナダのモントリオールにて「世界コミュニティラジオ放送連盟(以下AMARCとする)」が設立されている。
AMARCでは、コミュニティラジオを「コミュニティが所有、運営し、コミュニティの人々が参加する非営利型のラジオ局」と定義し 、コミュニティラジオは非営利である必要性を謳っている。
この条件に厳格に当てはめると、日本において「コミュニティラジオ」と呼べるラジオ局はNPO法人運営のコミュニティ放送局のみとなる。
ただし、先述のすまいるFMのような、民間放送のコミュニティ放送局にも同様な理念を掲げている局も多く、拡大解釈すれば日本における「コミュニティラジオ」はもう少し増えると考えられる。
三条ラジオカフェは2005年に日本で初めてAMARCに加盟し、2007年にはAMARCの日本協議会が設立された。
日本協議会は、2006年にAMARC会員となった神戸市のFMわぃわぃ が中心になって運営している。

NPO法人運営の局以外でも、コミュニティ放送を使って地域活性化を試みる団体も存在する。
東京都立川市の東京ウェッサイ という団体では、同市のコミュニティ放送局であるFMたちかわで番組枠を持ち、ラジオ番組を通して地域の活性化を試みている。
FMたちかわは純民間局である。
しかし東京ウェッサイとの金銭的な関係はなく、無償で番組枠を提供している。

地域振興には欠かせない「住民参加」という取り組み。
小内が北海道岩見沢市のコミュニティ放送局で行った調査によれば、ボランティアで活動している住民の特徴は、放送技術経験はないものの、音楽や演劇など何かしらそれに近い経験をしている人が多い。
そのためボランティアにもアナウンスや放送機器の扱い方など、ある程度の技術研修が必要である。
一方で日常からラジオのリスナーである住民の参加が多いという(小内2003 p9)。




第2章 コミュニティ放送の課題と方策


第1章では、コミュニティ放送に寄せられている期待や需要を大きく3つの観点に分類して紹介した。
ここではそれぞれの需要に応えるために、コミュニティ放送局がどのような取り組みや方針で運営していくべきかを論じる。



第1節 需要の矛盾


リスナーからの「質の高い放送」という需要を実現するためには、プロのスタッフを用い、一定の基準によって番組が編成される必要がある。
その一方、地域振興が目的であれば、住民参加が充実した多彩な番組を取りそろえた編成になる。
この場合番組への敷居が低くなった分、アマチュアな番組が大半を占めることになる。
そうすると、リスナーは結果的に「聴いていて面白くない」と感じ、リスナーを減らす可能性が高い。
また、コミュニティ放送局に防災機能を持たせるのであれば、やはり日常から市民に聴いてもらえる放送を目指さなければならない。
つまり第1章で述べた3つの需要について、全てを同時に満たすことがかなり難しいのである。

それに加えて、地域コミュニティという概念自体への大きな矛盾点がある。
テンニースの「ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ」という考え方に立つと、今後の日本社会ではより全国的な情報のニーズが高まっていく。
その中で、地域情報が売りのコミュニティ放送局が、どのように市民に魅力のある放送を行えるのかがポイントとなる。
それを踏まえて、私は下記の通りに放送局の「二極化」が進むと考える。


第2節 リスナー特化「目的としてのラジオ」


まずリスナーに聴いてもらうことを第一にとした場合について「目的としてのラジオ」と定義し考察する。
質の高い番組を数多く用意するという目的を達成するために全ての時間を自社制作番組とすることは実現性が極めて薄い。
なぜなら制作費や人件費の問題が存在するためである。
この場合、現在主流のミュージック・バード やJ-WAVE、USEN等の再送信を更に有効利用することが堅実である。

しかも、このネットワークより充実化していく余地はある。
日本で唯一の県域FM放送局のネットワーク「全国FM放送協議会(JFN=Japan Fm Network) 」のような、ネットセールスの形態を築くことにより、各ネット局の経営が安定する可能性が大きく見込まれるからである。

日本の広告形態では、地域の企業より全国規模で展開している企業の方が圧倒的に出稿量が多いため(松野1993)、セールスを全国規模に広げることが有利となる。
実際に日本コミュニティ放送協会 が会員局をネットした営業を展開している。
しかし過去の実績では限られたものに留まっている。
またミュージック・バードでも「コミュニティチャンネル」で全国のコミュニティ放送局ネットを売りに営業活動を展開、その利益をネット局にも分配している(紺野2011)。
しかしこちらもほんの一部の番組に留まっており、さらに2008年のリーマン・ショック以降は協賛番組が減少してしまった 。

また、広告収入を増やす以外にも工夫が必要である。
番組自体を売り出す「コンテンツ」ビジネスを始め、リスナーから収入を得るという方法である。
他にもアメリカのラジオ局のような、リスナーから運営費用を寄付で集めるなど、他の収入を得る方法は多く考えられる。
課題としては、民間放送が原則無料であることに慣れている私たちリスナーの意識を変えるという難しさがある。


第3節 地域特化「手段としてのラジオ」


地域の振興のために特化していくコミュニティ放送を「手段としてのラジオ」と定義するのであれば、その放送局はこれまでの「放送」という概念からは大きく異なる形と化すであろう。
パブリック・アクセスの充実化を念頭に置き、電波を通してではなく「コミュニティ・カフェ」のような「スタジオ」という場所を通して地域の人々がつながるのである。

ここでは広告収入が主ではないので、聴取率やリスナーのデータの必要性は薄い(金山2007)。
替わりに出演者の参加料が収入の柱なので、いかに維持費を抑えつつ多くの市民に参加してもらえるかが重要となる。

また、ここでの住民参加は制作費などの経費圧縮が目的ではない。
誰もが発信できること、マイノリティにもやさしく公共性が高いこと、地域の新たなつながりを生むこと、これらが局の運営の柱であり放送の理念や目的となる。



おわりに


コミュニティ放送という制度から20年が経過し、これまでの放送局という概念にはない、新しいスタイルのコミュニティ放送局が数多く生まれてきた。
これからも、新しい時代に対応した、ユニークな放送局が多く誕生していくだろう。

しかし、いつの時代でも「放送は誰のためのものなのか」は常に意識していかなければならない。
必要とされている人に必要なサービスを提供しなければ、基盤の弱いコミュニティ放送局は持続しないからである。



参考文献


1. 牛山佳菜代2010『「担い手」から見た地域放送の現在』目白大学総合科学研究 6, 35-47
2. 恩蔵茂2009『FM雑誌と僕らの80年代』河出書房新社
3. 金山智子2007『コミュニティ・メディア コミュニティFMが地域をつなぐ』慶応義塾大学出版会
4. 小内純子2003-12-25『コミュニティFM放送局における放送ボランティアの位置と経営問題』社会情報 13(1), 1-17
5. 紺野望2010『コミュニティFM進化論』ショパン
6. 田村紀雄,染谷薫2005-3-20『多様化するコミュニティFM放送』東京経済大学人文自然科学論集 (119), 31-50
7. 松浦さと子2007『地域のコミュニケーション・インフラの持続可能性 : 非営利コミュニティ放送の運営調査から(荒牧和子教授退職記念号)』龍谷大学社会学部紀要 30, 72-87
8. 松前紀男1996『音文化とFM放送:その開発からマルチ・メディアへ』東海大学出版会
9. 日本コミュニティ放送協会2004『日本コミュニティ放送協会10年史~未来に広がる地域の情報ステーション~』
10. 総務省「ラジオと地域情報メディアの今後に関する研究会報告書素案」に対する意見募集